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戸崎賢二さんを偲んで(元学長 丸山惠也)
愛知東邦大学名誉教授 丸山惠也
1月14日、山極完治さんからの連絡により、戸崎賢二さんの突然の逝去を知りました。戸崎さんからは、11日に著書『魂に蒔かれた種子は』(あけび書房、1月8日発売)が、私のところに献本として送られてきて、その内容には愛知東邦大学の学生教育のことが取り上げられていたこともあって、大急ぎで読んで、お礼状と感想文をお送りしたばかりのところでした。
元NHKディレクターの戸崎さんを、愛知東邦大学のメディア論の教授としてお迎えしたのは2002年の春でした。それから7年間、2009年まで、戸崎さんは本当に熱心に学生の教育に携わってこられました。その7年間の貴重な教育実践の成果である本書の紹介を通じて、戸崎さんを偲びたいと思います。
本書は1章「ディレクターの仕事」ではNHKでディレクターとしての教育・教養番組編成のこと、2章「教育を問い直す」では愛知東邦大学の教授としての学生教育のこと、3章「記憶の淵より」では故郷岐阜での小学校、高校時代のこと、4章「命にふれる日々」では奥様が病で倒れられた時のことの4章構成であります。なお本書は『妻 克子へ』と、奥様に捧げられております。
最初の「授業の中で青年と出会うということ」では、社会や大学教師の「学生観」或いは「青年観」の在り方を問題にしております。大学進学率50%の時代となり、学生のマナーの悪さから「大学生は小学生か」と社会的に評され、大学教授は事態を嘆きます。しかし、戸崎さんはこの学生観は、「外側から」青年を見ての批判ではないかと考えます。そして、このような「視野に入っていない学生の姿を、新人教員1年の体験から、少しでも明らかにしたい」とします。
そのために教育とは何かを問うことから始めます。戸崎さんは「教育とは魂の面倒を見ること」とし、そして重要なことは「こちらの魂も裸にして(青年と)向かい合うこと」とします。教育の対象となるすべての青年には、もともと「感受性」と「学ぶことへの希求」が備わっており、「これがなければ社会で生きていく力を身につけることが出来ないから」とされます。従って、青年の「魂」の「感受性」と「学ぶことへの希求」を呼び起こし、大きく成長することを見守ることが教師の役割となります。
まず授業への学生参加ですが、学生が積極的に授業に参加してくるような変化をもたらすためには、教材が持つ力とリアリティが必要であり、その教材を媒介に教師と学生の間に対話と応答が成立します。「この際の対話とは...その内容に本質的な、しかも考えがいのある問いかけが含まれていれば、学生は聴きながら次々に問いを自らに投げかけ、追及していきます。」「これだけはという強いメッセージ」があれば、学生に言葉が届きます。しかし、「落ち着かない学生も、授業に参加できる授業をつくる」ことは、まさしく教師の「格闘技」のように困難な課題であります。この課題には、「何のために学ぶか」という基本問題が横たわります。
「何のために学ぶか」この問いに答えられる学生は、最近では、ほとんどいません。戸崎さんは、その原因として、学ぶ目的が、これまで常に学生の『外側』という社会的環境にあったと指摘します。学ぶということが「試験に合格」「就職のため」というような「人生の手段」になってしまってきたのです。
元宮城教育大学学長で哲学者の林竹二氏は、学ぶことの意味を次のようにいいます。「学問は己の為にする。それは利己的意味ではなく、己を形成するためである。学問をすることで、真理を探求する奥深い喜び、自分が学問することで成長し、変わっていっているという自覚ができる。人間はそのままでは人間になることができず、学ぶことによって初めて人間になる。人間だけが学ぶ意思をもって、自分の生き方を決めることが出来る。」
戸崎さんは大学最初の授業で、上記の林氏の言葉が入ったNHK当時の担当番組『授業巡礼』を学生に視聴してもらい、自分の思いも語った上で、感想を書いてもらいました。その感想文を読んで、戸崎さんは次のような指摘をされております。「おそらく学生たちにとっては、林竹二の名は初めて、観たこともないタイプのビデオであったと思う。しかし、学生の感想を読んでいくと、実に正確に、しかも豊かな感性で 、林先生の授業の持つ意味、番組の意図を受け止めているのかに驚かされます。また多くの学生に見られるのは、これまでの、そして現在行われている教育に対する、強い不満です。「私はこのような感想に接して、青年たちが、実はほんとうの『学び』を求めていること、現状に深いところで満足していないことに改めて気付かされました。」「モラルの低下、学力の低下、というステロタイプな視点だけでなく、青年たちの内部に渦巻く不満や要求を丁寧にみていく必要があると痛感しますし、同時に、このような感想を書く学生の存在に大きな希望を感じます。」
また戸崎さんは、学生・青年を「変化する者、いわば成長への『途上にある人間』としてとらえる視点」が大切であることを強調します。例えば、毎回授業への学生の感想文は「わずか4か月くらいの講義期間に、初期の感想が次第に深まり、より長文になる、という学生の例をいくつも経験」したことを挙げております。なかでも、A君の事例は感動的です。A君は授業中に私語を続けて注意した学生の1人でした。最初の感想は僅か2行で、しかも授業への罵倒に近いものでした。しかし、授業と感想の回数が増える度に、授業で提起した問題に正面から向き合う内容になってきました。このことに対して、戸崎さんは「隠された『学びへの希求』」として次のように述べています。「A君がこのように変化したのは、教員の経験も研究者の実績もない授業者の力によるものでないでしょう。A君自身が、本来持っていた自分の力を引き出していったものと思います。」
大学教師は、現代の青年の魂に「種をまく人」であって欲しいと思います。
戸崎賢二さんの略歴及び業績
1939年岐阜県に生まれる 名古屋大学法学部卒1962年NHK入社 ディレクターとして教育・教養番組制作 2002~09年愛知東邦大学教授(メディア論)「放送を語る会」運営委員 2021年1月11日逝去
研究業績
著書『魂に蒔かれた種子は』(2021年、あけび書房)『NHKが危ない』2014年、あけび書房、共著)
論文「放送の自立と責任を求めて」(『NHK番組改編裁判記録集』解説日本評論社2010年)「NHKへの政治介入疑惑とテレビ制作者の権利」(「東邦学誌」35巻第2号、2006年)「テレビ番組における取材対象者の権利について―『NHK1裁判』最高裁判決を批判する」(「東邦学誌」37巻第2号、2008年)「『NHK番組改編事件』と『編集権』」(「立命館産業社会論集」45巻第2号)
担当番組
「NHK文化シリーズ・文学への招待」(宮沢賢治、石川啄木、高見順、与謝野晶子、長塚節、小川未明などのシリーズ担当)、「NHK文化シリーズ・美をさぐる」、NHK教養セミナー証言現代史(「丸岡秀子」「都留重人」)、NHK教養セミナー終戦記念日特集「大岡昇平・時代への発言」、ETV8「授業巡礼―哲学者林竹二が残したもの」、NHK市民大学「田中正造-民衆から見た近代史」他。長期取材ドキュメンタリー「若き教師たちへ」「教師誕生」「土に学びこころを耕すー今西祐行農業小学校の1年」など。