teacher01中西 達治 先生
FOR YOU TALK | INTERVIEW 01 今の学生は素直でいいと思うよ。
中西 達治 先生
1985年10月の邦友会誌 Vol.5に掲載された「FOR YOU TALK」記事より今回から新しくシリーズで登場することになった「勝美と真智子のFor Youトーク」
お世話になった先生方のプロフィール・打ち明け話・学生時代の事・現在の事等々、
学園ではみることができなかった先生方の魅力や意外性を引き出し、皆さんに紹介したいと思います。
乞う御期待!
Qロビーにて
7月6日、天候のはっきりしない土曜日、ホテルキャッスルプラザで、中西先生との対談を迎えることになった。その日、真智子こと佐藤真智子、勝美こと伊藤勝美と他にスタッフ2名というメンバーである。
ホテルのロビーで待ち合わせたのが3時半、一番後に来た勝美に向かって一人のスタッフが、「テープレコーダー持って来た?」「あれ、そちらで用意してくれるんじゃないの?」「私は、テープはこちらで用意するからって言ったんだよ」「うそ!どうしよう~」この時、途方に暮れている私たちを見て先生は、「対談しようってのにテープはあって、テープレコーダーがないなんて、これはおもしろい、いい話の種になるぞ!」ほとんど先生一人にうけてしまったこのハプニング。私たちの気も知らないで、おもしろがられてしまった。スタッフの励ましもあって記憶力を頼りにはじまったこの対談、先が思いやられそう。
Q先生お金貸して!
ともあれ、不安を胸に、恐る恐るインタビューが始まった。勝美が切り出した。
「先ずは、先生のプロフィールを簡単にお聞きしたいと思いますが、生年月日を教えて下さい」
「いくつだと思うね」
「そうだなー。48位ですか?」
「近いね、45歳だよ。昭和15年10月10日生まれ」
「体育の日ですね」
「あれは、東京オリンピックが開催された時にできたもので、僕が生まれた時はなかったからねぇ」
「そうなんですか。それは知らなかった。一つ勉強になりました。」
先生はお母様、奥様、そして2女の女系家族。奥様も教師ということで、今でいう職場結婚。プライベート的な質問はこれ位が精一杯。照れているせいか、なかなか口を開いてくれない。これではいけない、これでは場がしらけると思い話題を変えてみることにした。
「先生は、東邦短大が創立した2年目にいらしたということで、あの頃の学生と今の学生との違いというか変わったところなどありますか?」
「学園ができたばかりの時は、一度社会に出て再び専門的な勉強をしようという人が多かった。今の様に、高校を卒業して、エスカレーター的に入学する人がまだまだ少ない時だったから年齢の幅が広いし志を持っていたね。昔は、前にも言った様に、一度社会に出た学生が多かったので、私たちとの接し方も節度というか、学生たちとの間に一線があったように思う。今の学生といわれると、おもしろい話があってね。講義が終わって、女子生徒が教壇の所へ来るなり「先生、お金貸して!」いきなり言うんだよ。びっくりしたね、あれには。それで、「何買うんだ」と聞くと「化粧品を買うんだ」と言うんだよ」
「それで貸したんですか?先生は」
「貸さなかったけどね。あの出来事が、今の学生を象徴しているんじゃないかな。表現の仕方がオープンといった感じが」
「私たちとは少し違う世代なのかもしれないけれど、私たちでは信じられませんね、そういう感覚は」
「でも素直でいいと思うよ僕は」
意外にも好意的な意見。よく「今の若者は…」といった意見を想定していた。時代の流れの一つとして客観的に見る先生は、偏見を持たず今の学生とうまく付き合っているといった感じが伺える。オレンジシャーベットを頬張る先生も以外だったが、こんな温和な方とは思わなかった私たちは、親近感を感じてしまった。
Q約束
対談も終わりが近づくと先生が
「原稿が楽しみだな、こんなセンスのある企画を意欲的に活動する卒業生がいるかと思うと頼もしいね。原稿ができたら今日のことを肴に飲みに行きたいね」
「わ~、うれしい約束ですよ!」
意外にも楽しみが一つできました。それでも、対談の第一回目に中西先生を選んだ理由は、東邦短大開学20周年のパーティーの時、たまたま私たちのテーブルと同じになり、3回生の卒業生と気さくに話をしていらしたところを見て、180度私たちの中でイメージが崩れていったのです。
講義の出席確認には特に厳しい先生でしたし、少しとっつきにくい印象を持っていた私たちに、先生と特に親しい先輩から、学生の時、人気のある先生の一人だったとか。卒業してからもこんなに親しまれている先生から、おもしろい話が聞けるのではないかと思い先生に依頼するに至ったのです。学生紛争、カンニングの傑作版、ある先生のマル秘内輪話、またインタビューする側が逆にインタビューされてしまったこと等々、ここではわずかしか紹介することができないのが非常に残念。
取材を終えて
もし皆さんの中で是非聞いてみたい話があれば、直接先生に交渉してみてください。きっと快く、話してくださること請け合いです。この対談は、何せ初めての試みのため、「徹子の部屋」のようにはいかず、その上テープレコーダー事件も重なって記憶力と自信のない筆の力を頼りに書いてみたものの、対談の雰囲気や先生の人柄など、うまく皆さんに伝わっているか少々心配ですが、第一回目ということで大目に見てください。最後にお忙しい中、私たち邦友会誌のために時間をさいてくださった先生に深く感謝し、また今度会う日を楽しみに第一回「対談物語」を終わりたいと思います。
(伊藤・佐藤・佐藤・稲垣)